共振ヤング率顕微鏡の開発
何に触れることもなく,自由振動を行っている振動子を考えます.この振動子が,別の物質(以下これを試料と呼びます)に接触したとき,振動子の共振周波数は自由振動のときの値から変化します.この変化は試料が振動子との接触点において局所的に変形したことが原因でありますから,周波数の変化量は試料の接触部の弾性定数を反映していることになります.同様に,振動子の内部摩擦も接触によって変化し,その変化量は接触部の試料の内部摩擦に依存します.
この原理を利用すれば,振動子を試料に接触させて,共振周波数や内部摩擦を測定することで,試料の局所領域の弾性定数と内部摩擦を評価することができるのです.これが共振ヤング率顕微鏡の原理です.
しかし,実際にはこの原理を利用して局所領域の弾性的性質を評価することは容易ではありません.なぜならば,圧電体を振動させるためには電極や配線を圧電体に取り付けなければならず,さらに,振動子が倒れないようにしっかりと保持する必要があるからです.こうなってくると,振動子の振動は電極や配線,固着部などの影響を多大に受け,試料との接触によるささやかな影響は見えなくなってしまうのです.
そこで私たちは,この問題を完全に解決する無線・無電極圧電振動子を考案し,定量的に材料の局所領域の弾性的性質を測定する顕微鏡を開発することに成功しました.
上手が実際に開発した手作り顕微鏡の概略です.細長い単結晶ランガサイトを振動子として用いました.呼吸振動(膨張・収縮振動)の基本モードを使用し,側面の中央部付近の節部を正確にアクリル冶具により保持しました.また底面中央の振動の腹部にはダイヤモンドチップを取り付け,これを介して試料と接触させました.振動子と冶具をエポキシ樹脂性のレール内に設置し,鉛直方向にスムーズに移動できるようにしました.これにより,チップと試料の接触面に働く力は振動子と保持材を含めた自重のみとなり,試料表面の凹凸に影響されず一定値を保つことができました.試料は3軸ステージ上に設置し,ステージを移動することにより接触位置を変えたました.振動子の振動は,アンテナによって無線・無電極状態で測定することができます.
この方法であれば,振動子の保持は振動に影響を与えませんし,共振周波数や内部摩擦の測定も非接触により行うことができますから,振動子の振動は試料との接触だけに影響され,試料の局所領域の弾性的性質を正確にかつ定量的に評価することができるのです.
上図は,多結晶純銅に対して得たSEM写真(左)と私たちが開発したヤング率顕微鏡によって測定した弾性定数分布(右)です.ヤング率顕微鏡により,結晶粒の方位に依存して弾性定数が異なることが分かります.さらに,一つの結晶粒内においても弾性定数が一様ではなく,分布している様子が分かります.
上図は,多結晶純銅に対して得た弾性マッピング(左)と内部摩擦マッピング(右)です.双晶を含む結晶粒の摩擦が特に大きいことが分かります.
このように,私たちが開発した弾性率・摩擦顕微鏡によってこれまで知りえなかった材料の局所領域の弾性的性質を定量的に評価することができるようになりました.
<参考文献>
[1]H. Ogi, T. Inoue, H. Nagai, and M. Hirao, "Quantitative imaging of Young's modulus of solids: A contact-mechanics study", Rev. Sci. Instrum. 79, 053701 (2008).
[2] H. Ogi, H. Niho, and M. Hirao, "Elastic-Stiffness Distribution on Dual-Phase Stainless Steel Studied by Resonance Ultrasound Microscopy", Acta Materialia, 54, 4143-4148 (2006).
[3]H. Ogi, M. Hirao, T. Tada, and J. Tian, "Elastic-stiffness distribution on polycrystalline copper studied by resonance ultrasound microscopy: Young's modulus microscopy", Phys. Rev. B, 73, 174107 (2006).
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