音響フォノン共鳴スペクトロスコピーによる
ナノ薄膜の共振計測
私たちはレーザー光を利用して厚さ数ナノメートル(約20原子層)から成る極薄の薄膜の共振周波数を正確に計測することに成功しました.10兆分の1秒という短時間に薄膜にレーザー光を当てると,薄膜内の原子が同じ周期で振動を開始し(鳴り響き),この振動の様子を,別のレーザー光によって検出するという技術です.この方法によって様々な物質の薄膜(太鼓)を鳴り響かせて共振周波数(音色)を測定したところ,シリコン基板上の極薄のプラチナ(Pt)だけが異常に高い周波数で鳴り響くことが明らかとなりました.
「極薄のプラチナ太鼓の音色は高い」
ということになります.
物質を構成する原子数が減少すると,その物質の性質はどのように変ってゆくのか?こういった疑問は昔から存在します.薄膜化により例えば特異な磁性が発現し,高密度の磁気メモリなどに応用されています.では機械的性質はどのように変化するのでしょうか?その疑問は長年議論されてきましたが,未だに明らかになっていません.磁性や電気特性に比べて機械的性質の測定が困難を極めるためです.共振周波数は物質の機械的性質と直結しており,本研究の成果は,そういった疑問に一つの答えを与えるものであります.
実用的にも,薄膜の共振周波数測定は意義が深いです.
「スイカをたたいて音色から味を判断する」
といったように,物質の音色には品質の情報が含まれています.ナノ構造物(ナノ薄膜,ナノ配線,ナノワイヤーなど)においては,ナノサイズの欠陥が導入されやすく,それらがデバイスの寿命を決めるのですが,それらの評価は極めて困難でした.物質の共振周波数は,その物質の原子間結合力を表しており,ナノ欠陥が存在すれば,それは共振周波数を低下させます.したがって,ナノ構造物の共振周波数を正確に測定できれば,それらの健全性を正確に評価することが可能となります.
このような背景のもとに,私たちは極短のパルス光を利用して,ナノ薄膜の共振周波数を正確に計測する手法を開発しました.薄膜にほんの一瞬だけ(100フェムト秒)パルス光を照射しますと,薄膜内の原子集団が非常に短い間(~10ピコ秒),同じ周期で振動します(図参照).
この振動の様子を,別のパルスレーザー光で受信することによって,薄膜内の共振周波数を正確に測定するという方法です.薄膜だけでなく,ナノ配線やナノワイヤーといったナノ構造物に対しても同じように適用することができ,ナノ構造物の音色からその健全性を評価することが可能となります.
様々な物質の薄膜に対して共振周波数を測定したところ,厚さが10ナノメートル以下のプラチナ薄膜では異常に周波数が高くなることを発見しました.膜が薄くなると共振周波数は高くなりますが,これを考慮しても説明できないほどの異常増加です.原因は,原子間の結合力が増加したことによることを突き止めました.プラチナ薄膜は,膜厚が非常に薄いとき,面内に大きな力で基板から引張られており,結晶がひずんだ状態にあります.このようなとき,ある特別な方向の原子間力は増加します.こういった効果を結晶の非線形性と呼びます.プラチナ薄膜の結晶のひずみ状態を考慮して,非線形の効果を理論的に計算したところ,プラチナが特に膜厚方向の結合力が強まることが分かりました.結合力が増加すると,原子間の「ばね」が強くなり,音色が高くなるのです.
本研究で開発した手法は,これまで熱望されてきたナノ構造物の健全性を評価するための標準的な手法となり得ます.薄膜だけでなく,ナノワイヤー,ナノ配線等にも適用し,様々な共振モードを測定して,弾性と機能・欠陥との相関を調べてゆきます.
<参考文献>
[1] H. Ogi, M. Fujii, N. Nakamura, T. Yasui, and M. Hirao, "Stiffened ultrathin Pt films confirmed by acoustic-phonon resonances", Phys. Rev. Lett. 98, 195503 (2007).
[2] H. Ogi, M. Fujii, N. Nakamura, T. Shagawa, and M. Hirao, "Resonance acoustic-phonon spectroscopy for studying elasticity of ultrathin films", Appl. Phys. Lett. 90, 191906 (2007).
[3] N. Nakamura, H. Ogi, T. Yasui, M. Fujii, and M. Hirao, "Mechanism of Elastic Softening Behavior in Superlattice", Phys. Rev. Lett. 99, 035502 (2007).