ピコ秒レーザー超音波による薄膜の弾性定数測定
薄膜の弾性定数を測定するというテーマは実用的,科学的に大変興味深いテーマであります.膜厚が100nm以下になりますと,通常の引っ張り試験等による測定法においては精度の良い測定を行うことは大変難しくなります.そこで考案された手法がピコ秒レーザー超音波法です.
高出力のレーザー光をほんの一瞬(~百フェムト秒)だけ薄膜の表面に照射しますと,電子のエネルギが上昇しこれが格子振動の振幅増加をもたらし,結果,その箇所の温度が上昇して熱膨張により体積変化が生じます.電子が移動することにより直接格子が電子に引きずられて変形をもたらすこともあります.いずれにしましても,ほんの一瞬だけ体積変化が生じることにより,これが音源となって縦波が薄膜の膜厚方向に伝ぱします.
縦波が薄膜内を多重反射する信号を測定し,縦波の音速を決定することができれば,薄膜の膜厚方向の弾性定数が得られるのですが,これは容易なことではありません.なぜなら,薄膜が薄い場合,縦波超音波が膜内を一往復するのに要する時間は非常に短く,ピコ秒のオーダーとなるからです.
ところが,ピコ秒というのは超音波の世界からするとずいぶん短い時間なのですが,光の世界からすると決して短い時間ではありません.
1ピコ秒の間に超音波は5nm程度しか進むことができませんが,光は0.3mmも進むことができるのです.つまり,光計測技術を駆使することによりナノオーダーで起こる物理現象をミリメートルオーダーのマクロな計測法によってとらえることができるのです.このことがピコ秒レーザー法の真髄なのです.
こういった測定法には,ポンプ・プローブ光計測という手法が適用できます.例えばその光学系を下図に示します.
チタン・サファイアパルスレーザーからの出力光をビームスプリッタにより分離します.一方を非線形光学結晶により倍波(400 nm)とし,変調を行い,試料表面に集光して弾性波を膜厚方向に励起します(ポンプ光).他方の800 nmの光は以下のようにして弾性波の検出に用います.まず,ビームを参照光とプローブ光に分離し,プローブ光を試料に照射し,その反射光と参照光を検出器に入力して,両者の強度比や位相差をモニタリングします.プローブ光が試料表面に到達する時間を光路差を変えることにより変化させます.弾性波が試料表面に戻ってきた瞬間にプローブ光が照射されると,表面ひずみによる光弾性効果によって試料の反射率および吸収率が変化し,また若干光路差が生まれるためにプローブ光強度や位相に変化が生じます.ポンプ光あるいはプローブ光の光路長をステージにより変化させることで,薄膜と基板の界面から反射してきた縦波を検出できるのです.
上図は,実際にこの手法によって測定した縦波のパルス・エコーです.薄膜は77nmのCo/Pt超格子です.約37psごとに縦波が薄膜表面に戻ってきていることが分かります.
私たちは,このようにして薄膜の弾性定数を計測し,それと薄膜の組織や機能とのかかわりを探求しています.