ブリユアン振動による酸化物薄膜の音響特性の研究

近年,様々な機能性酸化物薄膜が開発され,薄型ディスプレイ,タッチパネル,太陽電池,高周波通信フィルタ,ナノアクチュエータ,不揮発性メモリなどの分野において革新的な発展をもたらしています.これら酸化物薄膜の機械的性質の把握は,デバイスの設計において非常に重要であり,特に,弾性定数という量は,通信機器デバイスには欠かすことのできない設計因子です.ところが,厚さがわずか数十~数百nmという酸化物薄膜の弾性的性質を計測することは従来法では極めて困難です.通信デバイスにおいては,超高周波領域(GHz域)の変形応答が要求されますが,そのような高周波域の応答を計測することも困難です.

そこで,私たちは,極短パルス光を用いて超高周波の超音波(~500 GHz)を酸化物薄膜内に発生させ,遅延極短パルス光を入射して,超音波によって回折される光を検出することにより,酸化物内の超高周波領域における弾性定数を計測することに成功しました(下図).

酸化物表面に金属薄膜を成膜しておき,パルス光を照射します.これにより,金属薄膜内に瞬間的な熱膨張・収縮が起こり,音源となり,縦波超音波が酸化物内に照射されます.そして,遅延パルス光を照射しますと,超音波によって光が回折されます.縦波超音波とは,粗密波であり,超音波の周期にしたがって物質の密度は変化しますから,電子状態も変化し,誘電率(あるいは屈折率)も同じ周期で変化します.つまり,光から見ると超音波は回折格子であり,超音波の波長が回折格子の間隔に相当します.回折光は,超音波の波長(λa)の2倍が物質内の光の波長(λo/n)と一致したときに強めあいます(nは光の屈折率).つまり,

λa=λo/(2n)

によって入射光を回折する超音波の波長が決定されます.回折光は表面での反射光と干渉しますので,入射光の反射率変化ΔRは超音波の伝ぱとともに振動します.この振動の周波数が超音波の周波数と等しいことから,超音波の音速が決定され,これから弾性率が決まるという原理です.

それでは,超音波の伝ぱにともなって,光の反射率がどのように変化するかを見てみましょう.下図は,理論的に計算した超音波パルスの伝ぱと反射率変化の関係を示すアニメーションです.膜厚400 nmの酸化物をSi基板に成膜したときの結果です.赤線が表面(左端)で発生した超音波ひずみパルスが伝ぱしてゆく様子です.緑線が超音波パルスによって回折した回折光と表面で反射した反射光が干渉した結果生じる反射率変化ΔRを示しています.縦の青破線は,酸化物とSi基板との界面です.

超音波パルスが伝ぱするにともなって,反射率変化が振動します.超音波パルスがSi基板へ透過すると,振動の周波数が急激に増加することが分かります.これはSi内の屈折率が酸化物のそれに比べてかなり大きく,また,Siの音速が酸化物の音速よりも大きいためです.振動振幅もSi領域で高くなることから,超音波による光の回折効率がSiにおいて高いことが分かります.界面で反射した超音波パルスは表面で反射して再びSi内へ到達します.このとき,減衰はしているものの,反射率変化も再び高い周波数となります.

下図は実際に我々が構築した光学系で測定した反射率変化の測定例です.上図で示したシミュレーションとほとんど同じ結果が得られており,理論計算の正当性が確認できます.

<参考文献>
[1] H. Ogi, T. Shagawa, N. Nakamura, M. Hirao, H. Odaka, N. Kihara, "Elastic constant and Brillouin oscillations in sputtered vitreous SiO2 thin films", Phys. Rev. B 78, 134204 (2008).