感度1000倍で半永久稼動するたんぱく質センサ
たんぱく質を対象としたバイオセンサには2つの意義があります.第一は疾患の診断です.多くの難病においては,発症初期から血中・尿中に特定のたんぱく質が分泌されます.これらを迅速に検出することにより,疾患の早期発見と治癒につながります.簡単な血液検査や尿検査により,医療機関のその場で絶対的な診断が可能となれば,その社会的意義は極めて大きいと言えます.しかし,これまでは血中の微量な特定のたんぱく質をその場で診断することは困難でした.多段階の洗浄・インキュベーション過程を経て,検出目的たんぱく質に標識と呼ばれる目印を付ける必要があったためです.
第二は創薬への貢献です.疾患の多くは原因となるたんぱく質が特定されており,それらを標的とする薬剤たんぱく質を開発することにより,効果的な治療が可能となります.通常,おびただしい候補物質の中から薬剤たんぱく質を見出し開発するまでに10年を要すると言われていますが,標的たんぱく質と薬剤候補たんぱく質の間の親和性(結合し易さの度合い)を迅速かつ正確に測ることができれば,効率よく候補を絞ることができます.なぜなら,薬剤たんぱく質が標的たんぱく質に吸着して初めて治療効果が期待できるため,親和性の低いたんぱく質は動物実験の前に除外されるからです.親和性を測るためには,たんぱく質間の反応をリアルタイムに観測する必要があります.
今回開発に成功したバイオセンサは,上述の課題を克服するものです.つまり,無標識・高感度・リアルタイム測定が可能なバイオセンサです.
振動を利用したセンサにおいては,振動体の質量が小さいほど吸着したたんぱく質の影響が相対的に大きくなり感度が高くなります.たんぱく質が吸着する有効な表面積を有しつつ振動体(水晶板)の質量を減少させるためには,水晶板を薄くする必要があります.ところが,これまでは常識的に電極と配線の接続が必須であったため,水晶を薄くしても重い金電極や配線(金の密度は水晶の密度の7倍以上)の存在が振動をさまたげ,感度に限界をもたらしました.さらに,強酸による洗浄により電極が剥離し配線が断線するために,センサチップを何度も使用することができず,使い捨てのチップとなり,コスト・測定時間・再現性が問題視されてきました.
我々は,これら諸悪の根源であった電極と配線を一切使用せず,電磁波によって非接触で裸の水晶を振動させる技術を独自に確立し,水晶バイオセンサの原理的な感度限界を無くすことに成功しました.水中に裸の水晶を浸漬することで,溶液が電極の役割を担うことを見出し,その結果,飛躍的な水晶の薄型化を実現して従来の1000倍以上の検出感度を達成することに成功しました.水晶表面に一切コーティングが存在しないため,水晶を洗浄することで,繰り返し(半永久的に)使用可能なバイオチップとして使用できることを確認し,世界初の取り換え不要のバイオセンサシステムを開発しました.
本研究で開発した手法は,医療機関におけるその場診断装置,および,創薬におけるスクリーニング装置の基礎概念を示すものです.さらに,無線技術であることから,チップを体内に埋め込んだ状態での計測や,透析中の血液成分の分析など,無侵襲で遠隔計測が必要な用途においても重要な基盤技術となり得ます.原理的な感度限界を払拭したため,さらなる高感度化も容易に達成できるでしょう.
本研究は,独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究の支援を受けた成果です.