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ピコ秒超音波法
光を使って音を聴く!?極短・極小世界における究極の超音波計測。

超音波の周波数と波長

 突然ですが、もしお米一粒の大きさを測るとしたら、皆さん何を使いますか?
 ものさしとか、理工系の人ならノギスとかマイクロメータとかを使うと思います。なんせ、測定対象よりも小さな目盛を持ったものを使うと思います。

 ではもっと小さな物を測る場合は?更にその硬さ(弾性定数)を測る場合は?

 電気信号を物質の振動に変換する手法や材料を用いて超音波を発生させることができます。その周波数は20 kHzよりもっと高く、GHz帯まで操作できるようになりました。
 超音波の周波数を高くすることのメリットの一つは小さなものを測ることにあります。その時に重要なのは波長です。一般的な金属材料中を伝わる超音波の場合、音速が5000 m/sとすると、下図のように周波数20 kHzだと超音波の波長は25 cmで結構長いですが、1 MHzだと5 mm、1 GHzだと5 μmになります。これでも十分短いですが、近年の電子デバイスには厚さがさらにその1000分の1程度で、100 nmから1 nm程度の金属薄膜が多用されています。これら薄膜の力学的性質は今まで計測する方法がありませんでした。

ピコ秒超音波法

 原子数十~数百個程度の極薄薄膜中で超音波を直接励起・検出することができるのがピコ秒超音波法です。これは光を使って超音波を発生させ、その超音波を光を使ってピコ秒(ps=10-12秒)の分解能で検出する手法です。ここで用いる"光"とはきわめて短い時間(150 fs程度)の極短パルスレーザです。fs(フェムト秒)とは10-15秒という単位です。光は秒速3×108 m/sで、1秒間に地球を約7.5周できるほど速いのですが、そんな光も150 fsの間に進めるのはたった45 μmで髪の毛1本分程度。

 そんな短い時間にギュッとエネルギを集中させた光を金属薄膜に照射すると金属薄膜表面が瞬間的に熱膨張します。この瞬間的な変形はまさに扉をノックしたのと同じように金属薄膜を変形させ、その振動が金属薄膜内へ伝わっていきます。この振動の周波数は最高1000 GHz(=1 THz)程度にまで上ります!1秒間に1兆回も振動し、1回振動するのにかかる時間では光もシャーペンの芯程度(0.3 mm)しか進めないような高速の現象です。
 波長はたった5 nm程度まで短くなり、原子間距離にして約20個分。可視光線の波長は800 nmから400 nmなので、光よりも波長が短い波動を発生させることができます。そのため厚さ数nmから数百nm程度の薄膜の特性でも正確に計測することができます。

 更に別のフェムト秒パルスレーザを照射とそんな高速な振動も検出することができます。超音波を励起するためのレーザ(ポンプ光)を照射後、時間をわずかにずらしてレーザ光(プローブ光)を照射すると、最初のレーザで発生した超音波によって材料が変形しているため次のレーザの反射率が変わります。そのため反射プローブ光の強度を正確に計測することで超音波の伝播過程を観察することができるのです。
 ここで重要になるのが音と光の速度の違いです。いくら固体中の音速が速いとはいえ、光の速度はその1万倍以上。つまり光からすると超音波は止まっているように見えるので、超音波が伝播している状態で極短パルスレーザを照射すると、その瞬間における試料の変形(ひずみ)をスナップショットとして記録できます。後は2つのレーザ光のタイミングをわずかにずらしながらこれを繰り返すことで、超音波が伝播する過程を観察できます。タイミングの制御には片方のレーザ光が試料に届くまでの距離を髪の毛1本分(数十μm)程度ずつ変化させる方法が一般的です。

 光を使って発生させた音を光を使って"聴く"、まさに光で音を操る計測です。

参考文献

  1. C. Thomsen et al., Phys. Rev. Lett. 53, 989 (1984).
  2. C. Thomsen et al., Phys. Rev. B 34, 4129 (1986).
  3. 肥後矢吉 編著『小さなものをつくるためのナノ/サブミクロン評価法』(コロナ社、2015年)

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