異方性微小固体の全ての弾性定数と圧電定数を

一つの試料から決定する方法

1.はじめに

 固体の弾性定数や圧電定数は,その材料の力学的機能を存分に発揮したアプリケーションの設計を行うために,欠かすことができない物性値です.弾性定数の動的測定法には古くから棒の共振法やパルスエコー法がありますが,固体の弾性対称性が低い場合,これらの測定法は適用できない場合がほとんどです.例えば,斜方晶系の材料の場合,独立な弾性定数は9つ存在します.これらをすべて決定するには,棒の共振法で方位の異なる9つの試料が,パルスエコー法では少なくとも4つの試料が必要となります.つまり,もともとのサイズが大きな材料にしか適用できないのです.薄膜やワイヤー,薄板,小さなサイズしか作れない単結晶などに対しては方位の異なる試料を切り出すことは難しく,測定できるとしても,ある方向のヤング率などの特定の弾性定数だけです.一般に,このような形状を持つ材料ほど弾性的異方性が強く,独立な弾性定数の数も増します.圧電材料の圧電定数も決定するには,加えて電気インピーダンスの共振・反共振周波数の計測などを行なわなければならず,結晶を切り出す際の方位誤差,複数の手法の組み合わせによる実験誤差をかなり容認しなくてはなりません.

 この問題を解決すべく考案された手法が,共鳴超音波スペクトロスコピー(Resonance Ultrasound SpectroscopyRUS)[1,2]です.直方体,球,円柱など,規則形状を持つ試料を2つの圧電振動子ではさみ,一方から連続正弦波を入射し,他方で変位振幅を受信する.送信周波数をスウィープすると,受信振幅は試料の自由振動の共鳴周波数でピークを示します.共鳴ピークは数多く存在し,個々の共鳴周波数は試料の密度と寸法,弾性定数に依存します.密度と寸法を計測しておき,測定値ともっとも近い共鳴周波数群を与える弾性定数を逆計算で求め,すべての弾性定数を決定するのです.

 この手法の利点は,一個の試料から独立な弾性定数を全て決定できることと,
1 mm角以下の小さい試料に対しても適用できることであります.試料が圧電体の場合,圧電定数も同時に決定することが可能である.しかし,重大な欠点があります.それは,測定した共鳴周波数のモード特定の難しさです.例えば斜方晶系に属する直方体の場合8つの振動グループが存在し,観測される共鳴周波数はすべてこれらのグループに属します.計算した共鳴周波数のモードは正確にわかっていますから,それと同一モードの測定値とを比較しなければならないのです.しかし,8つのグループが重畳して観測されるためその作業は容易ではありません.特に,高い周波数領域ほど高次モードの数が増加し,共鳴ピークが多数重なり合い,モード特定は困難を極めます.モードの対応が正確でなければ,得られた弾性定数はなんら物理的な意味を持ちません.このため,真値に近い定数を予め初期値として用意しておく必要があるという大きな矛盾がありました.つまり,弾性定数が未知の材料の弾性定数を決定するために,予め弾性定数のおおよその値が分かっていなければならないのです.

 私たちは,3点支持圧電振動子とレーザー・ドップラー振動計測を組み合せ,このモード特定に関するRUS法の問題を完全に解決することに成功しました.これによって,異方性微小固体の正確な弾性定数と圧電定数を測定することが可能となりました [3,4].ここでは,この測定法の原理といくつかの結果を紹介し,本手法の簡便さと正確さについて記します.

2.RUS/レーザー法

第図1に示しますように,2つの針状の圧電トランスデューサ(ピンデューサ)と支持針から構成される3点支持圧電振動子の上に直方体試料を設置します.一本のピンデューサから連続正弦波振動を送り,他方のピンデューサで振動振幅を受信します.送信周波数をスウィープすることで第2図に示すような共鳴スペクトルが得られます.試料とピンデューサの間には音響結合材は一切必要としません.また,試料の振動を妨げる外力は負荷されていませんから,試料の自重だけが音響結合に貢献し,試料とピンデューサ間の接触は安定し,高い精度の共鳴周波数測定が可能となります.(試料の減衰にも依存しますが,およそ10-5以下の相対誤差で共鳴周波数を決定することができます.)私たちが開発した高感度3点支持振動子は,質量が0.05gの試料に対しても測定を行なうことができます.


 個々の共鳴周波数のモードを正確に特定するため,第1図に示すように共鳴状態にある試料の上面にレーザー光を当て,反射光の周波数シフト量(ドップラーシフト)から振動振幅を測定し,レーザー光をスキャンさせて振動パターンを測定します.後述しますように,振動パターンは計算することができますので,振動パターンの測定値と計算値を比較することで,正確にモードを特定することができるのです.

3.共鳴周波数と振動パターンの計算

 圧電体の弾性場と電場の関係は以下で与えられます[5]

,                (1)
,               (2)
.                      (3)

ここで,Diは電束密度ベクトル,Sklはひずみテンソル,Erは電場ベクトル,は圧電定数テンソル,κirは誘電率テンソル,σijは応力テンソル,Cijklは弾性定数テンソルφは電気ポテンシャル,xrは座標ベクトルの成分を表します.非圧電体の場合は圧電定数を無視すればいいだけです.これらの式を運動方程式

,                    (4)

に代入し,境界条件(自由表面でいくつかの応力成分が零)を用いることで,系の共鳴周波数ωを決定することができます.ただし,ρは密度,uiは変位ベクトルの成分を表します.

直方体に対しては自由振動の共鳴周波数の解析解は存在しませんが,変位と電気ポテンシャルをルジャンドル関数を基底とする多項式によって近似して,レーリー・リッツ法を適用することで10-4より良い精度で共鳴周波数を計算することができます[6]:
,       (5)
.       (6)

ただし,
. (7)

ここで,は正規化したl次のルジャンドル関数であり,Lixi軸方向の直方体の辺の長さを表します.最終的に,不定係数akを固有ベクトルとする振動数方程式に帰着し,その固有値として共鳴周波数ωが得られます.同時に係数akも得られますので,(5)式から直方体内の変位分布を計算することができます.

測定した共鳴周波数を再現するような弾性定数と圧電定数の組み合せは逆計算によって決定することができます.弾性定数と圧電定数の初期値を与え,共鳴周波数を繰り返し計算して測定値と比較し,両者が十分の精度で一致するときの弾性定数と圧電定数を最小自乗法により決定するのです.繰り返し強調しますが,この際,最も重要な点は計算周波数と同一モードの測定値を比較しなければならないことであります.私たちの開発した手法では,第1図に示したように共振状態の振動パターンを測定することができるため,正確に振動モードを特定することができ,全く真値の情報が無くても信頼性の高い結果を得ることができるのです

4.測定例

4.1 ランガサイト(La3Ga5SiO14)結晶
 ランガサイトは水晶よりも圧電定数が大きく,また弾性定数の温度依存性が小さいために水晶に代わる表面弾性波デバイスの基板材料として注目されています.水晶と同じく,点群32に属する対称性を示し,6つの独立な弾性定数と2つの独立な圧電定数を有します.マトリクス表記では以下のようになります:

 (8)
.   (9)



第1表に示す寸法の異なる5つのランガサイト単結晶を用いました.まず試料の共鳴周波数を測定しました.その後,各試料の一つの面にAl100nm蒸着してこの面にレーザー光を当て,各振動モードの直変位の分布を測定しました.ランガサイトは透明であり,レーザー光を反射しないため,この作業が必要となります.変位分布の測定例と計算例を第3図に示します.

両者は非常に良い一致を示します.最低次から80個程度のモードをこの手法によって完全に特定することができました.正確なモード対応に基づいて逆計算を行い,共鳴周波数の測定値と計算値が最も良く一致するときのCijeij決定しました.逆計算後の両者の平均差異は0.065%でした.第4図は,全ての試料に対して,共鳴周波数の計算値を測定値と比較しています.白抜きのデータは圧電効果を無視したときの結果で,黒抜きが考慮したときの結果です.圧電効果により共鳴周波数が増加する様子が分かります.圧電効果を考慮することでより測定値に近い値となります.このことは,同時Cijeijを決定することができることを示唆しています.

5つの試料に対してそれぞれ弾性定数と圧電定数を決定した結果を第1表に示します.この過程で誘電率が必要であすが,過去に報告されている値の平均値を用いました.(誘電率は電気容量の測定により比較的容易かつ正確に測定することができるのです.)試料寸法が異なるにもかかわらず,得られた弾性定数と圧電定数はよく一致しています.これらの平均値を本研究から得たランガサイトの材料定数として過去の報告例と比較しました.結果を第2表に示します.

 弾性定数の対角成分は過去の値もばらつきは小さく,今回得た値と良く一致しました.しかし,非対角成分である
C13C14はこれまでの報告値の間にもそれぞれ約6%と4%のばらつきがあります.また,圧電定数に関してはこれまでの報告値のばらつきはさらに大きく,e11e14でそれぞれ7%と30%であります.過去の計測法では,いくつかの測定法を組み合せ,さらに方位の異なるいくつもの試料に対して測定を行わなければならなかったため,様々な誤差(方位誤差,切り出し寸法誤差,縦波や横波の音速測定誤差,など)が導入されたと考えられます.特に,弾性定数の非対角成分や圧電定数は,これらの測定誤差の影響を受けやすく,報告者によって値が異なったと考えられます.本手法においては,5つの異なる結晶に対してC13C14の測定結果のばらつきはそれぞれ0.6%と1.0%であり,e11e14に対してはともに約5%であります.
RUS/レーザー法で得られた係数のうち,e14けは従来から報告されている値と大きく異なりましたが,上述の理由により本手法で得た値のほうが信頼性が高いと考えられまする.

4.2 リチウムナイオベイト(LiNbO3

試料として約5mm角のLiNbO3の結晶を用いました.この材料は点群3mに属する対称性を示し,式(8)に示す6つの独立な弾性定数Cijと次式に示す4つの独立な圧電定数eij有します.

.  (10)

ランガサイトと同様に試料の共鳴周波数を測定し,その後,結晶の(001)面にAl100nm蒸着してレーザー光を当て,各振動モードの垂直変位の分布を測定し,観測された共鳴周波数のモードを全て完全に特定しました.正確なモード対応に基づいて逆計算を行い, Cijeijを同時に決定しました.共鳴周波数の測定値と計算値の間の平均差異は0.09%でした.第3表に結果を示します.得られたCijeij値は過去に報告された値と一致しました.

5.おわりに

本解説で紹介しましたRUS/レーザー法は異方性微小固体の弾性定数および圧電定数を決定する有力な手段であります.必要な試料はたった一つであり,一回の周波数スウィープから全ての定数を決定することができます.音響結合材が不要なため,従来法に比べて測定誤差は小さく,得られる材料定数の信頼性は高いです.測法は簡便であり,従来法のように熟練技術を必要としません.

参考文献

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19. G. Kovacs, M.Anhorn, H.Engan, G.Visintini, and C.Ruppel, in Proc. 1990 IEEE Ultrason. Symp, 1990, p. 435.

解説